大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所四日市支部 昭和47年(ワ)132号 判決

原告

三宅富子

ほか三名

被告

杉山砂利株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して、原告三宅冨子に対し金七五〇万六、四九三円及び内金七一〇万六、四九三円に対する昭和四七年二月二二日以降完済まで年五分の割合による金員、原告三宅こひでに対し金七二五万三、五一九円及び内金六八五万三、五一九円に対する右同日以降完済まで年五分の割合による金員、原告三宅剛、同三宅明子に対しそれぞれ金四五五万二、三四六円及び内金四三〇万二、三四六円に対する右同日以降完済まで年五分の割合による各金員、を支払え。

二  原告らその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告らの勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告三宅冨子に対し金一、四九四万一、三七六円及び内金一、三三一万〇、三七六円に対する昭和四七年二月二二日以降完済まで年五分の割合による金員、原告三宅こひでに対し金一、四四三万九、五六四円及び内金一、三二一万七、八六四円に対する前同日以降完済まで年五分の割合による金員、原告三宅明子及び同三宅剛に対し各金一、〇一七万九、七四二円及び各内金八三四万五、二四二円に対する前同日以降完済まで年五分の割合による金員、をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  本件事故の発生

亡三宅茂(以下亡茂という)及び亡三宅典子(以下亡典子という)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一) 日時 昭和四七年二月二一日午前六時一八分頃

(二) 場所 桑名市上野町字繁松新田四八番地先

(三) 加害車 普通貨物自動車(ダンプカー)

右運転者 被告岡本永吉

(四) 被害車 普通乗用自動車

右運転者 亡茂

(五) 被害者 亡茂及び亡典子(被害車同乗者)

(六) 事故の態様 加害車が停車中の自動車を回避しようとしてセンターラインを超えて対向車線に進入し、折柄対向して進行してきた被害車と衝突

(七) 被害の態様 亡茂 頭蓋底骨折により即死

亡典子 頭蓋底骨折により同日午前七時 四五分頃死亡

2  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一) 被告岡本は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任、並びに本件事故は同被告が前方不注視・安全運転義務違反の過失によつて発生させたものであるから民法七〇九条による責任。

(二) 被告会社は、次の事実から認められるとおり、被告岡本を使用し、加害車の運行につき、これを支配し、これによつて利益を得ていたものであるから、加害車を自己のために運行の用に供していたものとして、自賠法三条による責任、並びに民法七一五条による責任。

(1) 被告会社は、もと杉山商店として砂利の採取・販売をしていたものであるが、しだいにその業績をのばし、昭和二七年五月二六日法人格を取得し、その業務も砂利等の採取・販売を中心に他に小規模な土木工事の請負もするに至り、本件事故当時すでに三重県下では有力な砂利販売業者となつたものである。

(2) 被告会社の砂利販売は自ら採取した砂利等を大部分は被告会社側の自動車によつて注文者に運搬する方法をとり、杉山商店当時、数台の自己所有車両で運搬していたが、会社組織になつてから、すべて下請の自動車にその運搬部門を専属的に請負わしめ、昭和四六年ごろ、かゝる被告会社の砂利運搬に従事する運送業者が結集されて(本件事故当時は一〇〇名を超えその内三名の法人の外は全部が個人業者で、かつその大部分が運送営業許可のない白ナンバーの自動車で構成されている)桑和ダンプトラツク事業協同組合(以下組合という)が設立され、被告岡本も右組合に加入し、被告会社の砂利を継続的に運搬していた。

(3) 右組合と被告会社及び各運送請負人との関係は前叙のほか次のとおりである。

(イ) 組合は被告会社の事務所の一画に机ひとつを置き、その事務は被告会社の社員松永義則が組合事務局長として兼務し、外に補助職員が一名程度で、右松永らの給与はもつぱら被告会社のみから支払われている。

(ロ) 組合の理事長は被告会社々長杉山和吉が兼務し、各運送請負人が被告会社の砂利の運搬をするには右組合に加入し、毎月組合費を納入し、他方、被告会社の右業務を全く担当しない場合には、組合を脱退しなければならない実情になつている。

(ハ) 組合員に対する日常の具体的な運行指示は被告会社の各事業所(本件事故当時東員町、大井田、北勢、長良等)に常駐する被告会社々員がこれを行い、組合員は右指示により運搬先の指定をうけて当日の運行を開始する。

(ニ) 運賃は被告会社が組合員の意見も聞き一律に一立米いくらと決定し、各組合員の毎日の水揚額を被告会社において記帳し、前月二一日から当月二〇日までの分を締切り翌月二〇日に一括支払う定期払の方法がとられている。

(ホ) 被告会社は各運送請負人のために一括して任意保険に加入し、本件加害自動車についても保険契約者、被保険者いずれも被告会社名義で東京海上火災保険株式会社との間に保険契約が締結されていた。

(ヘ) 被告会社は、各運送請負人のために、ガソリンの給油所及び車の修理工場などに便宜をはかつてくれる特定の業者を指定し、ガソリン代、修理費についても本人の確認を経て、支給運賃額から控除する制度をとつている。

(4) 被告岡本は昭和四二、三年ごろ、被告会社の運転手として同社川越工場で働らき、その後昭和四六年四月右組合に加入して組合員となつたものであるが、本件事故は、朝、家から自分の大型ダンプカーを空車で運転して三重県員弁郡東員町にある杉山砂利の工場へ行く途中惹起したものである。

3  損害

(一) 亡茂の損害

(1) 逸失利益 金三、三四七万四、六七二円

(算出根拠)

(イ) 事故時年令 四八才

(ロ) 事故前年収(薬品仲介等事業収益) 三九六万〇、〇〇〇円

(ハ) 就労可能年数(六五才まで)一七年間

(ニ) 生活費控除 三〇パーセント

(ホ) 中間利息控除 年五分・ホフマン方式

なお右事故前年収は次のようにして認定し得る。

すなわち、亡茂は本件事故前一四、五年前から薬品の仲介販売並びに塩化ビニール、ポリエチレン製品の加工等の事業を行つて生計を立てていたところ、本件事故当時の右事業収入を直接認めさせる帳簿関係書類等は存在しない。しかしながら、当時亡茂は、原告四名の他亡茂の妹(年令四〇才前後)を含め五人の家族を扶養しており、その生活費は一か月金一二万六、〇〇〇円を下らなかつたし、また亡茂は本件事故当時まで継続的に数行の銀行に定期積金あるいは普通預金を、数社の生命保険会社及び郵政省に合計二七口に及ぶ生命保険をかけており、これら預金並びに生命保険の掛金等は一か月合計金二六万九、九九六円に達していた。そうして、右生活費及び預金等掛金の一か月合計金三九万五、九九六円を下らない金員は、全て亡茂の前記事業による純収益から支出されていたと推認し得る。したがつて、亡茂の前記事業の遂行については、仮りにその一部に原告冨子や同こひでらの寄与するところがあつたとしてその割合を考慮しても、なお右一か月の支出高から逆推して、本件事故当時一か月金三三万〇、〇〇〇円を下らない純収益が、亡茂個人の稼働によつて挙げられていたことはこれを十分推認することができる。

(2) 慰謝料 金四〇〇万〇、〇〇〇円

(3) 被害車両(フオルクスワーゲン)の損害 金五七万八、九二〇円

但し、事故前評価額金五九万八、九二〇円より、同車両の事故後売却代金二万〇、〇〇〇円を差し引いたもの。

(4) 損害の填補(加害車の自賠責保険金) 金五〇〇万〇、〇〇〇円

(5) 以上差引損害残額 金三、三〇五万三、五九二円

(二) 亡典子の損害

(1) 逸失利益 金九七六万五、一三四円

(算出根拠)

(イ) 事故時年令 二二才

(ロ) 事故前年収(給与収入) 一〇一万八、一五六円

(ハ) 就労可能年数(五五才まで)三三年間

(ニ) 生活費控除 五〇パーセント

(ホ) 中間利息控除 年五分・ホフマン方式

(2) 慰謝料 金五〇〇万〇、〇〇〇円

(3) 損害の填補(加害車及び被害車自賠責保険) 合計金一、〇〇〇万〇、〇〇〇円

(4) 以上差引損害残額 金四七六万五、一三四円

(三) 相続

(イ) 原告冨子は亡茂の母(亡典子の祖母)、同こひでは亡茂の妻、同剛・同明子及び亡典子はいずれも亡茂の子(亡典子は亡茂が離婚した先妻の子)であるところ、本件事故により前記のとおり亡典子は亡茂より一時間余り遅れて死亡したので、その間亡典子は亡茂の相続人として生存しており、したがつて、亡茂の死亡による同人の前記損害分は、一旦右こひで、剛、明子の他亡典子も含めた四名によつてそれぞれ法定相続分に応じて相続され、しかる後亡典子の死亡により、右同女が相続した亡茂の損害分は、亡典子の前記固有の損害分と共に併せて全部同女の直系尊属(祖母)である原告冨子がこれを相続した(なお亡典子の実母及びその直系尊属並に亡茂の父及びその直系尊属は、本件事故前既に全員死亡している)。

(ロ) よつて、原告らの、亡茂及び亡典子の前記損害に関する右相続分はそれぞれ次のとおりとなる。

原告冨子(亡茂分九分の二及び亡典子分全部) 金一、二一一万〇、三七六円

同こひで(亡茂分三分の一) 金一、一〇一万七、八六四円

同剛及び同明子ら(各亡茂分九分の二) 各金七三四万五、二四二円

(四) 原告ら固有の損害

(1) 原告冨子分 金二八三万一、〇〇〇円

(内訳)

(イ) 葬儀費用 金二〇万〇、〇〇〇円

但し、亡茂及び亡典子の葬儀合計費用金四〇万円の内原告冨子負担分

(ロ) 亡茂(子)及び亡典子(孫)の死亡による慰謝料 合計金一〇〇万〇、〇〇〇円

(ハ) 本訴弁護士費用 金一六三万一、〇〇〇円

(2) 原告こひで分 金三四二万一、七〇〇円

(内訳)

(イ) 葬儀費用 金二〇万〇、〇〇〇円

但し亡茂及び亡典子の葬儀合計費用金四〇万〇、〇〇〇円の内原告こひで負担分

(ロ) 亡茂(夫)の死亡による慰謝料 金二〇〇万、〇、〇〇〇円

(ハ) 本訴弁護士費用 金一二二万一、七〇〇円

(3) 原告剛及び同明子ら分 各金二八三万四、五〇〇円

(内訳)

(イ) 亡茂(父)の死亡による慰謝料 各金二〇〇万〇、〇〇〇円

(ロ) 本訴弁護士費用 各金八三万四、五〇〇円

4  結論

よつて、被告らに対し、原告冨子は合計金一、四九四万一、三七六円、同こひでは合計金一、四四三万九、五六四円同剛及び明子らは各合計金一、〇一七万九、七四二円及び右各金員の内前記各弁護士費用を除く各金員に対する本件事故発生の翌日である昭和四七年二月二二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、連帯して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1の事実の内(六)の事故態様を争い、その余の事実は認める。

2  同2の事実の内、本件事故の発生につき被告岡本に過失のあつたこと及び同被告が加害車の運行供用者であつた事実は認めるが、被告杉山砂利株式会社(以下単に杉山砂利という)が加害車の運行供用者であつたとの事実、及び同被告が被告岡本の使用者であつたとの事実はいずれも否認する。

すなわち、被告杉山砂利は、砂利の製造、販売をする会社であるが、被告岡本は、被告杉山砂利の被用者ではなく、同被告とは別個に独立して加害車(ダンプカー)を所有し、砂利等の貨物運送業を営んでいたもので、被告杉山砂利も被告岡本に砂利運搬を依頼していたが、同被告は独立の営業体として、運送事業の運営、加害車の管理を行つており、同被告の事業並びに加害車の運行につき被告杉山砂利が直接利益を得あるいは支配力を及ぼしていた事実はない。なお被告杉山砂利は、加害車につき対人賠償保険契約(任意保険)を締結していたが、これは当時個人のダンプカーでは任意保険に加入することができず、また団体で加入すれば保険料金が安くなることから、同被告名義で右保険に加入させていたに過ぎず、さらに、桑和ダンプトラツク事業協同組合は、組合員の経済的地位向上を目的として設立されているもので、被告杉山砂利とは全く別個独立の団体である。

3  請求原因3の事実の内、本件事故による自賠責保険金が原告らの自陳するとおり原告らに支給された事実は認めるが、その余の事実は不知。

三  被告らの抗弁

1  過失相殺

本件事故の発生については、被害車の運転者である亡茂にも、当時みぞれまじりの雪が降つて路面が凍結し、前方の見通しも幾分悪くなつていた道路上を、前方を十分注視せず漫然と高速度で進行していて、加害車を発見するや急制動をかけて被害車をスリツプさせた過失があるので、本件事故による原告らの損害額の認定については右被害者側の過失も斟酌されるべきである。

2  事故発生原因に対する第三者(国)の寄与分

本件道路は国道であるから、交通安全のための維持管理責任が国にあつたところ、本件事故の発生については、事故現場附近の路面が凍結していたことに一因があり、右凍結による事故防止に万全の措置が尽されていなかつた国の道路管理上の瑕疵と、被告岡本の加害車運転上の過失とが競合して事故原因をなしていた。したがつて、国は、本件事故につき共同不法行為者として、損害賠償責任を負うべきところ、かかる場合右共同不法行為者はおのおの自己の過失割合の限度で被害者に対し損害賠償に応ずれば足りると解すべきであり、そうして、本件において、右国の道路管理上の過失と被告岡本の過失との割合は、前者八に対し後者二の割合と考えられるから、仮りに被告らに本件事故による原告らに対する損害賠償責任があるとしても、原告らに生じた損害額の二割を超える分については、これを賠償する責任はない。

四  抗弁に対する認否(原告ら)

全て争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  (本件事故の発生とその状況)

1  請求原因1の事実は、事故の態様を除き当事者間に争いがない。

そこで本件事故の態様につき検討する。

2  〔証拠略〕によると、本件事故現場道路は、総幅員約九・四メートルで(その内両端にそれぞれ約一・二メートル幅の路側帯が白線で区分されて設けられているが、本件事故当時右路側帯を含め道路両端から内側にそれぞれ約二メートル余の部分には深さ約二センチメートル程度の積雪があつた)、中央に黄色のセンターラインが引かれ、道路標識により追越しのための道路右側部分はみ出し禁止の規制のなされている、アスフアルト舗装道路であつたところ、本件事故は被告岡本が、加害車を運転して右道路を時速約五八キロメートルで進行中、前方道路左側に駐車していた普通貨物自動車(建設省下請の道路凍結防止薬品撒布作業車)の右側を通過しようとして、右速度のまま加害車を道路右側部分(対向車線上)に進出させたところ、折柄前方から右対向車線上を対向して直進してくる被害車を認め、衝突の危険を感じてハンドルを左に切り急制動をかけてこれを避けようとしたが及ばず、当時右現場附近の路面が凍結していたため加害車がスリツプしたこともあつて、右対向車線上において被害車とほぼ正面衝突するに至つたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3  右事故態様に鑑みると、本件事故の発生につき、加害車の運転者である被告岡本に前方不注視等の過失があつたことは明らかである(この点は当事者間に争いがない)が、さらに被害車の運転者である亡茂にも何らかの過失があつたか否かについては必ずしも明らかでなく、前掲各証拠をつぶさに検討するもなおこれを明らかにする資料はなく、他に右被害車側の過失を認めるに足る証拠はない(したがつて、被告らの過失相殺の抗弁は採用し得ない)

二  (責任原因)

1  被告岡本が、本件事故当時加害車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。

2  〔証拠略〕を併せると、原告ら主張の請求原因2の(二)の(1)ないし(4)の事実を認めることができ、右事実によれば、被告杉山砂利が、本件事故当時加害車につき運行利益並びに運行支配を有していたこと、したがつて同被告が加害車の運行供用者であつたことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  よつて、被告らは、(原告主張のその余の責任原因につき判断するまでもなく)自賠法三条により、本件事故につき被害者に生じた損害を賠償する責任がある。

4  なお被告らは、本件事故の発生原因につき、前記被告岡本の過失と、道路管理者たる国の過失とが競合しているとし、両者はその過失割合に応じて原告らに対する損害賠償責任を負えば足りる旨主張するが、仮りに本件事故の発生につき国にも道路管理上の過失があつたとしても、その場合、国と被告らとはいわゆる共同不法行為者の立場に立ち、被害者に対して、右両者が負担する損害賠償責任の関係は、いわゆる不真正連帯債務となり、両者は過失の軽重にかかわりなく被害者の全損害について各自賠償責任を負い、若しその結果共同不法行為者たる両者の間に不公平が生ずるときは、その両者間における内部の求償の問題として解決すべきであると解されるから、右被告らの主張は、国の過失の有無につき検討するまでもなく採用し得ない。

三  (損害)

1  亡茂の逸失利益

(一)  〔証拠略〕を併せると、亡茂は、本件事故当時四八才(但し事故後一七日で四九才に達する)の健康な男子で、化学薬品の仲介販売並びに塩化ビニール、ポリエチレン等製品(以下ビニール等という)の化工業を営んでいたことが認められる。

ところで、〔証拠略〕を併せると、右亡茂の生前の事業形態は、形式的な店舗は構えず、前記薬品の仲介販売については殆んど亡茂が一人で行つていたが、ビニール等の化工についてはその受注等外交関係は主に亡茂が当つていたものの、化工の労務そのものについては原告冨子及び同こひでらがある程度の技術を身につけてこれに従事し、かなりの割合で寄与していたこと、亡茂は右事業についての経理関係帳簿は何ら備えておらず、その収支等は原告ら家族にも殆んど知らされず、一人亡茂の胸算用で行われていたと推測されること、亡茂の右事業収益の納税申告は、昭和四五年度、四六年度共いずれも年収七五万〇、〇〇〇円として申告されこれが受理されていること、以上の事実が認められ、右事実によると、亡茂の右生前事業はかなり小規模な個人営業であつたと推認され、そうして、右亡茂の生前事業収益については、これを直接的に認定し得る証拠はない。

原告らは、右亡茂の事業収益の認定につき、同人の生前の支出高から逆算するいわゆる消費高計算法に依ることを主張し、同人は、本件事故当時、原告らを含む家族五名を扶養してその一か月生活費支出高は金一二万六、〇〇〇円を下らず、さらに銀行及び生命保険会社等に多数口の定期積金、生命保険等をかけており、これらの一か月の預金掛金等は総額金二六万九、九九六円に達しており、右生活費及び預金等は全て亡茂の事業純収益から支出されていたとして、右支出高から推して亡茂の本件事故当時の事業純収益は金三三万〇、〇〇〇円を下らない旨主張する。

しかしながら、仮りに本件事故当時亡茂の生活費並びに各種預金等が原告ら主張のとおりであつたとしても、これらが亡茂一人の前記事業寄与分による純収益から支出されていたとは直ちに認めることができず(前示のとおり原告冨子、同こひでらの寄与分もあり、さらに原告三宅こひで本人尋問の結果によれば、現に同人らは本件事故後も、前記ビニール等化工の事業については、その取引先、信用等の実績を承諾してこれを行い、同人らの生計を維持していることが窺われる。)、また銀行預金等については本来の貯蓄目的の他、亡茂のような個人事業者の場合は、事業回転資金の融資を受けるためのいわゆる導入預金としてなされることもあり(原告三宅こひで本人尋問の結果によれば、亡茂は生命保険会社からも低利で借りられるからと融資を受けていた事実も窺われる。)さらにこのような個人事業所得者の場合には、生活費等についても事業用の回転資金をもつて流用し、賄われる場合も想定し得るので、個人事業所得者の場合にもいわゆる消費高計算法による収益の逆推方法を用いること自体一概に不合理とはいえないが、本件の場合には、以上の諸事情(前記亡茂の納税申告額も全く根拠のないものとして無視することもできない)に照し、原告ら主張の支出額が全て亡茂本人の生前事業収益に対する寄与分によつて賄われていたと認めることはできず、他に亡茂の生前収益につきこれを合理的に認定し得る証拠はない。

(二)  そこで、本件においては、一般男子労働者の平均賃金を参考として、亡茂の生前稼働能力を評価し、これによつて本件事故による同人の逸失利益を推認することとする。

(三)  そこで当裁判所に顕著な労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査報告(以下賃金センサスという)により、亡茂の、昭和四七年度分収入については同年度賃金センサス第一巻第二表の内男子労働者(学歴計)の四〇才台平均賃金により、昭和四八年度分収入については昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表の内男子労働者(学歴計)の五〇才より五四才までの者の平均賃金によりそれぞれこれを推定することとし、亡茂は本件事故がなかつたならばその後六七才に達するまでの約一八年間稼働して、前記事業等により少なくとも右昭和四八年度賃金センサスによる平均賃金を下廻らない収益を挙げることができたと考えられるから、その間本人の生活費を右収益額の三〇パーセントとみてこれを控除し、右稼働能力保持期間中の同人の逸失純利益総額の本件事故時における現価を、ホフマン式計算法(年別複式)により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると次のとおり金一、七八二万五、九〇五円となる(計算過程において円未満の端数切捨―以下逸失利益の計算関係においてみな同じ)。

(1) 47年度平均賃金(年間給与・賞与等合計額)……………1,717,500円

(2) 48年度〃(〃)……………2,142,100円

(3) 1年のホフマン係数

0.9523

(4) 18年の〃

12.0769

(算式)

1,717,500円×0.7×0.9523≒1,144,902円………(イ)

2,142,100円×0.7×(12.0769-0.9523)≒16,681,003円………(ロ)

(イ)+(ロ)=17,825,905円

2  亡典子の逸失利益

(一)  〔証拠略〕を併せると、亡典子は本件事故当時二二才の健康な女子で、大東京火災海上保険株式会社に勤務し、年収一〇一万八、一五六円の給与収入を得ていたことが認められ、同女は本件事故がなかつたならば少なくとも六三才まで(四一年間)稼働して、右同額を下廻らない収益を挙げ得る能力を有していたものと推測されるから、その間本人の生活費を右収益額の五〇パーセントとみてこれを控除し、右稼働能力保持期間中の同女の逸失利益総額の本件事故時における現価をライプニツツ式(年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおり金八八〇万四、一四七円となる。

1,018,156円×0.5×17.2943≒8,804,147円

なお、一般に損害賠償金が複利をもつて利殖されるのが普通であるとは経験則上考えられないので、逸失利益の算定にあたり、ホフマン式計算法をもつて中間利息の控除を行うことは必ずしも不合理ではないと考えられる(よつて、前記亡茂の逸失利益算定にあたつてはホフマン式を用いた)が、ただホフマン式によるときは、その期間が三六年に達すると、いわゆる単利年金現価率が二〇を超えて賠償金元本から生ずる利息だけで年間の逸失利益を超えることになり、被害者に不当に利益をもたらすことになるので、このような長期に亘る逸失利益を算定する場合には右の不合理の生じないライプニツツ式計算法を用いるのが妥当と考えられる。よつて亡典子の逸失利益についてはライプニツツ式を用いた。

3  慰謝料

本件事故により死亡した亡茂と亡典子に対する慰謝料は、諸般の事情に鑑み、亡茂分につき金六〇〇万〇、〇〇〇円、亡典子分につき金四〇〇万〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

4  車両損害

〔証拠略〕を総合すると、被害車はフオルクスワーゲン(外国車)で、亡茂が昭和四五年一二月その新車を金八六万〇、八〇〇円で購入して所有していたもので、事故当時における同車の評価額は少なくとも金五五万四、六五二円を下らないと認められるところ、同車は本件事故によつて大破し、これを修理するには、部品代だけで右評価額を大幅に上廻ること、したがつて同車の本件事故による損害は経済的には全損と認め得ること、同車は本件事故後自動車会社によつて金三万〇、〇〇〇円で引きとられたが、その引取り費用に金一万〇、〇〇〇円を要し、差引き金二万〇、〇〇〇円が原告こひでに支払われたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。右の事実によれば、本件事故により同車が破損したことによつて生じた損害は、右事故時の評価額から金二万円を差引いた差額金五三万四、六五二円を下らないものと認めることができる。

5  損害の填補

本件事故による亡茂と亡典子の死亡に基づく損害賠償として、亡茂につき加害車の自賠責保険から金五〇〇万〇、〇〇〇円、亡典子につき加害車及び被害車の自賠責保険から各金五〇〇万〇、〇〇〇円(合計一、〇〇〇万〇、〇〇〇円)ずつの保険金がそれぞれ支給され、原告らにおいて受領した事実は当事者間に争いがない。よつて右保険金を亡茂と亡典子に関する前記各損害合計額から差引くとその残額はそれぞれ次のとおりとなる。

亡茂関係 金一、九三六万〇、五五七円

(17,825,905円+6,000,000円+534,652円-5,000,000円=19,360,557円)

亡典子関係 金二八〇万四、一四七円

(8,804,147円+4,000,000円-10,000,000円=2,804,147円)

6  相続

〔証拠略〕によれば、亡茂と亡典子に対する原告らの相続関係(請求原因3の(三)の(イ)の事実)はこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そこで亡茂及び亡典子に関する前記各損害につき原告らの相続分を算定すると、それぞれ次のとおりとなる。

原告冨子分 金七一〇万六四九三円

〔19,360,557円×2/9(亡茂関係分)+2,804,147円(亡典子関係分)=7,106,493円〕

原告こひで分 金六四五万三、五一九円

〔19,360,557円×1/3(亡茂関係分)=6,453,519円〕

原告剛及び同明子分 各金四三〇万二、三四六円

〔19,360,557円×2/9(亡茂関係分)=4,302,346円〕

7  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、亡茂と亡典子の葬儀は同原告が同時にこれをとり行なつたことが認められ、その費用として金四〇万〇、〇〇〇円以上を要したであろうことは経験則上認容し得るので、本件事件による同原告に生じた固有の損害として葬儀費用金四〇万〇、〇〇〇円を認める。

8  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らは、本件訴訟の提起追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として、請求認容額の一〇パーセントを支払う約束をしたことが認められる。そこで、本件訴訟の経過と事案の内容並びに前記原告らの請求認容額等に照すと、右弁護士費用は次の限度で本件事故と相当因果関係あるものとして、被告らにこれを負担させるのが相当である。

原告冨子分 金四〇万〇、〇〇〇円

同こひで分 金四〇万〇、〇〇〇円

同剛及び同明子分 各金二五万〇、〇〇〇円

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告富子において金七五〇万六、四九三円、同こひでにおいて金七二五万三、五一九円、同剛及び同明子において各金四五五万二、三四六円と、右各金員の内前認定の各弁護士費用を除く各金員に対する本件事故発生の翌日である昭和四七年二月二二日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める範囲で理由があるものとしてこれを認容し、その余は理由がなく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例